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You're Beautiful/James Blunt

TVドラマやCMでも使用されたので,聞き覚えのある方も多いと思う。
地下鉄で出会った女性への思いをつづった名曲。
 
男と一緒だったし,ダメかも...でも...確かに彼女とあの瞬間を共有できた...。
そんな抑えきれない思いが伝わってくる。
 
James Blunt(?)のYou're Beautifulを聴く
 
...みんな笑ってる...シリアスな歌なのに...(・∀・;)
 
James BluntのYou're Beautifulを聴く

 【歌詞】

My life is brilliant.
My love is pure.
I saw an angel.
Of that I'm sure.
She smiled at me on the subway.
She was with another man.
But I won't lose no sleep on that,
'Cause I've got a plan.

You're beautiful. You're beautiful.
You're beautiful, it's true.
I saw you face in a crowded place,
And I don't know what to do,
'Cause I'll never be with you.

Yeah, she caught my eye,
As we walked on by.
She could see from my face that I was,
Fucking high,
And I don't think that I'll see her again,
But we shared a moment that will last till the end.

You're beautiful. You're beautiful.
You're beautiful, it's true.
I saw you face in a crowded place,
And I don't know what to do,
'Cause I'll never be with you.
You're beautiful. You're beautiful.
You're beautiful, it's true.
There must be an angel with a smile on her face,
When she thought up that I should be with you.
But it's time to face the truth,
I will never be with you.

 
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(ジェームス・ブラントをテーマにしたサイトもランキング15位あたりにあります)

ジェームス・ブラント(Wikipedia)
 
ジェームス・ブラントJames Blunt,1974年生まれ)は、英国イングランドウィルトシャー出身のシンガーで元軍人。本名はジェームス・ヒリアー・ブラウント(James Hillier Blount)。
 
シングル『ユア・ビューティフル』 - "You're Beautiful (2005年)"はフジテレビ系ドラマ『小早川伸木の恋』挿入歌、トヨタ・ヴィッツCMソングに起用された。イギリスをはじめヨーロッパの国々で1位を獲得。アメリカのビルボードHOT100においても1位を記録した。
 
ジェイムス・ブラント(goo音楽)
 

ジェイムス・ブラント

 

シングル「ユア・ビューティフル」とデビュー・アルバム『バック・トゥ・ベッドラム』が世界中で大ブレイクし、今や時代の寵児となったジェイムス・ブラントだが、これほど数奇な運命をたどった人物も珍しい。

 

英国の職業軍人の一家で育ったブラントは、シンガー・ソングライターになる以前は軍隊に所属し、カナダ勤務を経た後でNATOの平和維持軍の将校(偵察部隊)としてコソボに派遣された。内戦により破壊しつくされた国、残酷な現状に希望さえ失ってしまった人々を目の当たりにした彼は、まるでその悲しみを吐き出すようにしてミュージシャンになることを目指した。

 

多くの音楽レーベルへの売り込みがそう簡単に受け入れられるハズもなく、手ごたえの無い日々が続いた。しかし転機は突然にやってくる。毎年3月にテキサスにて開催されている全米最大の音楽見本市『サウス・バイ・サウスウエスト』で歌う彼の姿が、4・ノン・ブロンズを経て現在はクリスティーナ・アギレラやピンクなどを手掛けるリンダ・ペリーの目に留まる。

 

成功したいと言うよりはただ自分の想いを形にしてみたいと純粋に考えていたブラントの1stアルバムは2004年10月、イギリスにてリリースされる。やがて時間をかけゆっくりと全英シングル&アルバムチャートの6週連続1位という快挙を成し遂げた後、彼の歌声はヨーロッパ全土、アメリカ、日本などへジワジワと拡大し、遂には全世界をゆっくりと制覇していった。

 

コソボでの衝撃によって書き上げられた「ノー・ブレイヴリー」も特筆すべきところだが、やはり何と言ってもリード・シングル「ユア・ビューティフル」の切なさに世界が泣いた。感情が高ぶり、少し震えているかのようなブラントのクリアな声は曲の中で何度も「君はきれいだ」と繰り返す。

 

しかし曲の最後の2行で彼はこう言い放つ。「でもいよいよ真実を受け止めよう 君と付き合うことはできないことを」。つまりブラントは人間なら誰もが共有してしまうであろう、「解っていても割り切れない程に誰かを好きになる感情」を見事としか言えないほどのシンプルな言葉と音で描ききっている。時代を超えていく名曲と、それを生み出した新たなる表現者が誕生した。

 

 

ジェイムス・ブラント(ワーナーミュージック)
 

音楽面においてミュージシャンが一番恐れているのが、曲作りの泉が枯れることではないだろうか。でも、ジェイムス・ブラントには無縁の悩みだろう。彼が生きてきた人生を思えば、アルバム10枚は軽く作れることは間違いない。このシンガー・ソングライターは特別だ。

デビュー・アルバム『Back To Bedlam』のラストを飾る“No Bravery”を聴いてみればわかる。1999年、ジェイムスがイギリス軍の偵察将校だった頃に、コソボの兵舎で書いたナンバーだ。昼間、プリシュティナの街をパトロールしている時には、ギターを戦車の外側にボルトで留めて、夜になると、それを兵舎に持ち帰って、90年代いっぱい続いた悲惨な紛争を終えた地を見守る22歳の平和維持部隊員としての日々を綴っていた。夜半過ぎに歌いながらの曲作り。眠りをむさぼる隊員たちに文句を言われながらも、彼はやめようとしなかった。

 

「コソボで唯一完成させた曲が“No Bravery”だ。ブーツを履いたままベッドに座って書いたよ。ブーツを履いたまま寝ることになってたからね。これは運命の曲だ。アルバム全体が運命的なんだ」と、やや皮肉混じりにジェイムスは言った。

だが、今後、多くのレコード・コレクターたちに愛されるであろうこの新人アーティストにとって、コソボでの体験は、ほんの一面に過ぎない。はっきり言ってジェイムスは掘り出し物だ。世の汚れを知らないかのような気のいい男であると同時に、何年ものキャリアがありそうな若きライターであり、天使の歌声を持っていながら地獄を見てきたシンガーなのだから。

 
同じマネージャーを持つエルトン・ジョンは、ジェイムスの“You're Beautiful”がジョン作“Your Song”を受け継ぐ秀作だと評している。これはまた言い得て妙だ。というのも、『Back To Bedlam』には、ジョンの初期ベストを彷彿させる部分がかなりある。一方で、アルバムをプロデュースしたトム・ロスロックは、やはり自らが手掛けたベックやエリオット・スミスに対するイギリスの答えこそがジェイムスなのではないかと見ている。
 

ロスロックが初めてジェイムス・ブラントの名を耳にしたのは、たまたま手に入れた昨年の音楽見本市サウス・バイ・サウスウェストのライヴ音源を通じてだった。即座に惚れ込んで『Back To Bedlam』の仕事を引き受けたらしい。

それにしても、ブラント家のような軍人一家からジェイムスのような息子が生まれたこと自体が面白い。父は、つい最近まで陸軍大佐を務めていた職業軍人。ジェイムスもブリストル大学を卒業後、「親父が強く勧めるんで」陸軍に入隊した。やがて、大尉に昇格。プリシュティナ入りした初のイギリス軍将校として、3万人の平和維持部隊を率いた。

自分でレコーディングした「いくつかの怪しげなデモ」を武器に、2002年、ジェイムスはフルタイムのミュージシャンを目指して軍隊をあとにした(「親父はピリピリしてたよ。安定した職を捨てて危ない橋を渡ろうとしてたんだからね」)。本人は「怪しげ」と言うが、そのデモは、耳にこびりつく声で歌い上げたパーソナルな楽曲を紹介した、かなり出来のいいもので、彼は、わずか数ヶ月のうちにマネージメントとリリースの契約に漕ぎ着けた。「そして出会ったのがリンダ・ペリー(あのピンクやクリスティーナ・アギレラを手掛けたソングライター兼プロデューサーだ)。パブリッシャーから彼女に何曲か渡してくれていたところ、僕がサウス・バイ・サウスウェストに参加しに行ったら、即、彼女が自社レーベルのカスタード・レコードと契約してくれたんだ」そう語るジェイムスは、まだ半分面食らっている。

2003年9月、カリフォルニアでスタジオ入りし、ジェイムス・ブラントは不朽のデビュー・アルバム『Back To Bedlam』を世に送り出した。

現在、彼のお気に入りは、キャット・パワーやルー・リードのアルバム『Transformer』。『Back To Bedlam』にもそんな謎めいた要素が感じられる。本人は曲の意味について説明しようとしないが、一見すると無邪気な“So Long, Jimmy”はヘンドリックスやモリスンの影響を受けていると教えてくれた。その他のナンバーについては、「歌の中では殺人だっておかせるさ」と短く述べるにとどまっている。どうやら、このジェイムス・ブラント、一筋縄ではいかないようだ。彼を知る旅はまだ始まったばかりである。

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